うつ病体験談


うつ病体験談

うつ病と診断されても、うつ病に罹患した人たちの体験談を通して少しでも心が軽くなっていただいたら嬉しいですね。




うつ病になった私の体験談
私はうつ病になったことがあります。22歳のとき、滋賀から茨城県へ転勤になり独り暮らしの生活が始まりました。1ヶ月も経たずして滋賀へ帰ってきました。

なぜか?

職場が過酷で8時間勤務の8時間残業の毎日でした。帰っても自炊できる余裕が無く冷凍したかしわを食べていました。そんなとき帰りたいとずっと思いうつ病になったのです。

実家に帰り懐かしの匂いうつ病は治ると思っていましたがそう簡単ではありませんでした。次の仕事を探す事に焦り始め、気がつけばあれから3年今は就職しても続かない日々を送っています。

茨城県へ転勤した理由は実家を出たい一人の方が楽だ。そんな安易な考えでした。今も薬に頼る毎日です。それから僕は無理をしないことを学び生かしています。うつ病も治すクスリは自分の心だと思っております。工場での仕事でしたので次の仕事は接客業がいいですね。

自分の成長に繋がりますから私はうつ病を公には公開してませんが後悔してますのでこれから悩む人たちを助けてあげうっす。







体験談うつ病の治療は一人でするのではない
私の母は10年以上うつ病と闘っています。うつ病の治療は、家族の支えが大切だということを知りました。母は泣きながら、うつ病について話してくれました。うつ病は完治が難しいということを、その時改めて感じました。母の深く傷ついた心を、どうすれば良くすることができるか考えました。そこで私が考えたことが、母との時間を大切にすることでした。そして母が楽しいと思うことを、一緒にやるようにしました。

すると最初は気のりしていなかった母が、進んで色々なことをするようになりました。そして以前よりも笑いかけてくれるようになりました。底から体調が良い日が増えていきました。私にとってそれは、とても嬉しいことでした。

そこで私は、うつ病の治療は本人だけがするのではないと思いました。家族が一緒に取り組むべきことだと私は思います。なので今でも私は母との時間をとても大切にしています。時には甘え、時には甘えられながら治療をして母は回復に今向かっています。





2年前うつ病と診断された私の体験談
私は2年前にうつ病と診断されました。当時確かに気は滅入ってしまっていました。しかしまさか自分がうつ病と診断されるとは、思っていませんでした。なので正直、診断に対してのショックがとても大きかったのを今でもはっきりと覚えています。その時同時に一生治ることはないだろう、と先生に言われました。それは私にとって何よりも残酷な言葉でした。

そこから私は、うつ病について必死で調べました。そして今では完治した方の話しを中心に読み続けました。すると次第に、この人みたいに完治したいと思えるようになり、うつ病としっかり向き合うことができるようになりました。それから回復に向かうのは早かったです。日に日に前向きになっていく自分がいました。それは治療の励みにもなりました。

今ではうつ病はすっかり完治しています。再発もありません。あの時、うつについて調べていなかったら今の私はいないでしょう。うつ病は決して治らない病気ではありません。




私の母親の体験談
私の両親は、夫婦で一緒に仕事をしていて、自宅で仕事をやっているいわゆる自営業なのです。
しかも祖父母も一緒の仕事場でしたので、家族一丸となって、長年仕事をしてきました。

母は、祖父母に仕事の面で負けたくなくて、ずっと頑張って、切磋琢磨してきたそうです。
そんな母なものですから、真面目ですし、責任感も強いです。
そして、母が40代後半になった頃に、最初は母が急に頭が痛いとかお腹が痛いとか言い出して仕事を休んでいました。

しかし、日が経つに連れて、食べれなくなったり、寝れなくなったりする日々が続き、仕事を休み、父と一緒に旅館に行ってみたり、入院してみたり、とにかく自宅を出て色々な場所に行っていました。

あの日々を振りかえると、正に地獄だったし、誰にもあんな目にあってほしくないと今も言っています。
今、心療内科みたいな病院で、薬をもらいながら、今も仕事を続けています。

立ち直れたきっかけは、今までの自分が培った技術を無駄にしたくない事だったそうです。



体験談:初めての就職でうつ病気味に
私は高校卒業後、調理師専門学校を出てからとあるホテルのレストランの厨房で就職を決めました。初めての就職、初めての一人暮らし、と急な環境の変化に慣れずストレスが溜まっていました。周りに相談出来る家族や友人はいなく、たまに母親が電話をくれましたが心配をかけさせたくないと思い、電話では強がって「大丈夫だよ、心配しないで」と言っていました。しかし、仕事もうまくいかず、親しい友人もなかなか出来なかったことで、どんどん塞ぎ込んでしまい人間関係が億劫になってしまったことで休日は殆ど引きこもり状態でした。

出勤日はいつでも憂鬱で家を出たくありませんでした。時間になれば渋々重たい足を動かし、駅まで向うもののいつもホームで1人泣いていました。そんなある日、母親から電話があり「あんた本当に大丈夫?今からそっち行くからね」と言ってくれたのです。実家は青森で私の就職先は神戸だったのでかなりの距離だったのですが、母親はすぐに来てくれました。言葉では強がっていた私の弱さを母は見抜いてくれていたのです。「そんなに辛かったら帰ってきてもいいんだよ。仕事も辞めても、また探せばいいんだから。」という母の言葉に涙が止まりませんでした。「うつ病」という程大変な症状にまでは至りませんでしたが、そうならなかったのは本当に母のおかげです。




知らないうちになっているうつ病患者の体験談
最近よく「うつ病」という言葉を耳にしますが、まさかみんな自分がなるとは想像しませんよね。私もそうでした。しかし昨年から医師によりうつ病と診断され現在治療中の身です。私がそんなうつ病にかかった原因はやはり職場でのオーバーワークです。実家暮らしなのですが、シングルマザーの母親に育てられた一人っ子で稼ぎは全て家に入れていました。

貧乏だった為高校を卒業をしてすぐに働き始めた為給料もあまり良くない会社だった為、休日には週1で簡単な軽作業のバイトもしていました。忙しくはありましたが、母親に恩返ししたい気持ちが強かったのでなんとかそれでも頑張ってきました。しかし、やはり無意識にストレスは溜まっていたのでしょう。段々食事を摂ることが出来なくなり、毎朝わけもわからず泣きたくなるような衝動がありました。

これがうつ病のサインだったのでしょう。母親がそれに気づいて病院に行きなさいと言ってくれたおかげでうつ病と気づき、母親とも話し仕事を減らすことになりましたが、これが遅ければもっとひどいことになっていたと思います。やっぱり母は偉大だと改めて思いました。





うつ病にまさか自分が:うつ病患者の体験談

まさか自分がうつ病になるなんて。きっとうつ病になった人のほとんどがそう思うに違いありませんが、心配なのはそれすら感じ得ない場合です。うつ病は心が弱い人がなる病だといわれていますが、個人的には全く逆で強い人こそなるものなのではないかと思います。

弱い人というのは何でも口に出来てしまうから、ストレスを溜めないのだと感じるのです。よく「優しい人」は「強い人」といいます。
強い人は不満や不安を一時保管する場所が心にあり、留め、自分がこうしたら相手はどんな想いをするかなど考える事が出来るわけですから。

だからこそ、産後うつ病など、守るべきものが出来た人こそがなるのではないでしょうか?
涙はストレス解消にいいといわれますが、母親になったらそうそう泣いてなんていられませんからね。

実際泣き虫だった私も出産以降そう泣かなくなってしまいました。おかげで、ストレスはいつでもお友達な状態です。
それでも、夫が多少なりとも育児に協力的なだけとても助かります。ありがたいですね。人への感謝、思いやりを忘れずにいられれば、多少うつ病の症状が出てもやりきれると思えます。




うつなんかじゃないって思ってた人のうつ病体験談
うつなんかじゃないって思ってた。眠れない、ただ仕事が大変で何時も頭が仕事の事ばかりで

眠れないだけ。

そんなに弱くないし、努力しただけだもの。
これくらいのしんどさは、普通の事。

あなたはうつ病だと思いますよ。

お医者さんの、タメだしでした。

何で 。

仕事をしていれば、壁にぶち当たる事もあるし、悩みなんてあって当たり前。

うつっていうより、努力だと思っていた。
頑張る時は悩みやストレスは、どうしても付いてくる。

そんなもんでしょう

いつから、うつ病の扉の前にいたのかさえ解らない。
でも、イライラ感はいつもより酷かった。
あの時、扉に、手をかけたのかなぁ。

仕事がきつく感じてきた。
駄目だ、たるんでいる、シッカリしなくてはの思い初めだった。

休むことは迷惑をかける事だから。

うつ病になる人は、強がりが多いのかなぁ。

でも、認めてしまったら

楽になるより、弱くなりそうで、周りの目も、気になる。

誰に言わないで、薬を飲んでいますが、

うつ病だと知る前と、知った今と何が変わったのだろうか、正直解らない。



私自身のうつ病体験談
うつ病は誰もがなる可能性があります。
何故なら私自身がそうでした。

ストレスには無縁で多少のイライラも趣味で解消していましたが、一人暮らしをして社会人になって数年経過してからおかしくなったのです。

朝は具合が悪くて起きられずに会社に休みます、と電話をすることが続き有給を全部使っても足りませんでした。昼夜逆転の生活にもなり、誰も話を聞いてくれる人が周りにいなくて毎日1人で泣いていました。

食事もあまりとれなくなって周りから見ても激痩せをして怪しまれているうちに耐えられなくなって自主退職をして実家へ戻ることに。

それからネットで何とか近くの心療内科を調べて予約をとって通うことになりました。

うつ病も人によって症状も薬も違い、私に合う薬が見つかるまでに半年かかり、飲み始めてからは少しづつ落ち着いて家族に八つ当たりをすることも減りました。

現在も気分の浮き沈みがまだ残るので減薬をしながら通院しています。

うつ病は1人ぼっちの状況は本当に危うかったので迷わずに心療内科に相談してほしいです。



主人のうつ病体験談
主人が突然、会社に行きたくない
主人が突然、会社に行きたくないと言い出しました。
主人は、マイペースな人で、人に色々言われても、あまり動じないタイプでした。
妻の私が色々言っても、これと思ったら全く動じないのです。

そんな主人が会社を勤めて約20年ぐらいになるそうですが、初めて出社拒否をしたのです。
そう言い出す前まで、確かに仕事が忙しく、帰りもそれなりに遅い日々が続きました。
連休も休めるかわからないと言っていまして、何とかしてあげたいと思っていました。

胃が痛いと言っていましたので、病院に行って検査してもどこも悪くなく、上司からすごいプレッシャーをかけられたとか仕事の量がすごく多くて困るとか言っています。
でも、一番は、仕事に対してのモチベーションかすごく下がっていて、会社にいても落ち着かず早く帰りたくて、仕方ないのだそうです。

心療内科の受診も、検討中ですが、あまり追い詰めたりしたら、ダメだよとアドバイスされるので、私自身もプレッシャーなどを与えないようにしています。



うつ病経験者の体験談
約10年前にうつ病を経験しました
私は約10年前にうつ病を経験しました。

何故うつ病になったかというと当時の上司のパワハラが原因です。

高校を卒業して社会人になりたてで何もかも初めて。

仕事や人間関係で戸惑うことも多く、自分の無力を感じ落ち込む中での上司のパワハラ。

内容も小さいミスで執拗に攻められ、更に人間性の否定を受けることも多くどんどん落ち込んで行きました。

仕事のストレスが溜まり毎日落ち込む事が多く、しまいには死んでしまいたいとさえ思うようになりました。

今までここまで落ち込む事がなく、不安を覚え診療内科を受診したところうつ病と診断されました。

うつ病と診断されてからは職場の人事移動でストレスの原因となる上司と離れ(病気の事を更に上の上司に話し、大事を取っての移動)、長い年月を要しましたが、うつ病は収まり、安定剤は飲まなくても良くなりました。

うつ病を乗り越えてからは精神的にとても打たれ強くなりました。

季節の変わり目など年に数回調子悪くなりますが、過去の経験からそのような時どういった対処法を取れば良いのかも分かります。

うつ病はとても辛いですが、そのおかげで人間的に成長できたので良い経験になりました。



知り合いのうつ病体験談
ある日、突然、知り合いがうつ病になりました。
この場合、自分はどうすればいいのでしょう。
というのも、うつ病はなかなか厄介な病気です。

何故ならうつ病はそう簡単に治ることができないからです。
知り合いは仕事にも支障きたすようになり、会社を休職したそうです。

ただ、うつ病は周囲の理解がないと完治が難しいみたいです。
いきなり、やる気がなくなって何もかもしたくなくなるというのは健康な人には良く判らない状態です。
特に終戦後、荒れ地になった日本を現在まで復興させてきた世代にとってはただのなまけ病にしか思えないかもしれません。

確かに知り合いの悪口を耳にするようになりました。

それに休職中、収入がないと大変だなと感じました。

ちなみに知り合いの勤めている会社はそれなりに話の分かるところでした。
なので、その点は大丈夫だったみたいです。

だけど、うつ病というのは厄介です。
よくなったとしてもぶり返して治療を続けなくてはいけません。

でも、うつ病は決して他人事ではありません。
そのことが思い知らされる出来事でした。




「うつ病」という言葉を聞いた事 ある人の体験談
 「うつ病」という言葉を聞いた事のある人は多いかもしれません。現代の日本では鬱病になる人は少なくないと言われています。しかし、病名が一般に浸透しているのに対し、うつ病による症状や苦しみについての理解はまだまだ浸透しているとは言い難い状況にあるのではないでしょうか?以下、自信の経験をもとに書かせて頂きます。

 私が「うつ病」と診断されたのは大学3年と社会人2年目の事でした。小学生の頃から家庭環境は良くない方で、恩師の先生や周りの人からは「今、苦労すれば大人になったら絶対にいい事あるよ」と言われその言葉を信じてやってきました。しかし、学費・生活費を稼ぎながら通う大学生活は想像以上に苦しく、また社会人になってからも家族関連の悩みは解消せず、仕事でも壁にぶち当たってしまいました。そんな矢先、ふと「何かの拍子に死んでしまえたら、もう悩まなくていいし、将来の心配もしなくていいのにな」と時折思うようになりました。それがいつしか「死にたい」に変わった頃には朝起きるのが辛く、起きれなくなるのが怖くなり夜はねむれず、食欲はなくなり、休みの日でも無気力で外出はできなくなりました。何もかも上手くいかないのは自分がろくでもない人間で生きている価値など無いと思うと毎日が苦痛でした。その苦しみから逃れたくて自分を傷つけた事もありました。自分ではどうする事もできなくなり、すがる思いで受診し「鬱病」と診断され療養する事となりました。

 私が療養に費やした時間は2回とも半年~1年です。治療は服薬とカウンセリングが中心でした。治療中は学校、仕事を休んだ時期もあります。療養中、最も苦しかった事が周りの目です。うつ病に限らず精神科系の疾患は「やる気や気力、本人の性格の問題」と思われている人が少なくないからです。実際に当時の交際相手からは「毎日元気が無いのがつまらない」、離れて暮らす兄弟からは「甘えだ」と言われとても苦しかった覚えがあります。仕事や学校を休んでしまい自分を責め、情けないと誰よりも思っていたのは自分だったと思います。学校・仕事の仲間から遅れをとって悔しくて悔しくてしかたなかったが、身体は思うように動いてくれませんでした。

病院の先生からは、うつ病患者は外的要因等により脳の働きが少し異常をきたしている場合がある為、それを正常に戻すために服薬治療が有効だと説明を受けました。(うつ病にも複数種類があるが、いずれの場合もこれに該当する)つまり、「本人の性格や気力の問題だけではない」と言うことです。

 一方で、ストレスなどを原因としたうつ病の場合には本人の性格や思考が全く関係しないわけでは無いのかなと私個人は思っています。と言うのも、「まじめで完璧主義な性格の人はうつ病になりやすい」と言われているからです。私自身、今思えば周りの評価を気にしすぎる、少しの失敗を引きずる等の傾向が見られました。カウンセリング治療では自分のネガティブな思考を意図的にポジティブに持っていく訓練、自分の悪いところばかり見るのではなくて良い点を自分で認めてあげる訓練等をしました。自分の思考、自分自身の評価を変える、つまりは自分を変える事で改善が見込めると言う点では本人の問題も多少起因しているのかなと感じました。
 周りの人でうつ病患者がいるのであれば、本人が苦しんでいる事、「気力」だけではどうする事もできない事を理解し、手を差しのべて欲しいなと思います。自分を認めてくれる人、絶対に裏切らないと思える人がいるのは何よりの薬だと思います。また今現在、うつ病で苦しんでいる人は、まず治療に専念しゆっくり療養して下さい。自分を責めないで下さい。仕事や学校...一度立ち止まってもいいと思います。あなたを認めてくれる人は必ずいると思います。

 うつ病で苦しむ人が一人でも減るような社会になる事を願いたいです。その為にも、「うつ病」という病気について多くの人が理解する事はとても重要だと言えるのではないでしょうか。



人生で無縁だった事、心の病気 あるうつ病患者の体験談
今までの人生で無縁だった事、心の病気。
とあるきっかけで体調を崩し、まず診断されたのは十二指腸潰瘍。
潰瘍の治療はするものの、日々笑う気力すらも失う。

次第に家事も出来なくなり、食事が摂れなくなり、布団から起き上がるのも日を追うごとにきつくなってきた。
偶然にも、十二指腸潰瘍の診断を出した先生の病院は心療内科も標榜していた為、今までの経過を話した結果、うつ病と診断された。
かなり重度だったのかその後、入院施設のある精神科を紹介され、入院となってしまった。
暫くはトイレと食事以外は寝たきりの生活をしていたが、薬のおかげか動く元気がある日も徐々に増え、そんな日はベンチに座って何も考えずひたすら日向ぼっこをする。

全てがプラスに作用してくれたのか、1ヶ月半程で退院できた。
今現在は社会復帰まで果たした。
うつ病になり学んだ事は、無理をしても何一ついい結果を生まないという事。
全てがマイナスに作用していってしまうということだ。体も心にも。




二度軽度ではありますがうつ病での通院経験した人の体験談
自分には、二度軽度ではありますがうつ病での通院経験があります。
現在は、まだ精神的に不安定な部分もありますが、一応寛解状態です。

一度目は、結婚後慣れない家計管理や家事と仕事の両立などでストレスが溜まり、全く睡眠が取れない日が続いたため、不眠の相談をするために精神科を受診した時にうつ病の診断を受けました。
この時は、個人医院で数カ月カウンセリングと服薬治療を受けました。

二度目は、完全に仕事うつ病。
自分には向いていなかった仕事でのリーダー業務に対するプレッシャーと、仕事を整理して割り振りできないがために連日終電ぎりぎりまで残業していたこと・上司との対立…などが原因で、この時は二週間の休職も経験しました。

今振り返ってみると、回復できたきっかけの内容は違うものの、どちらも「ストレスの原因が自覚でき、それから離れられたこと」ではないかと思います。

家計や家事の管理などは、精神科受診をきっかけに夫婦で話し合えたことで、少しずつ主人に協力してもらえるようになれました。
二度目の発症の時は、何度となく主治医に仕事でのグチや不安をぶつけていくことで、自分の中で「なんでここまでボロボロになっても今の職場にしがみついてるんだろう」と冷静に考えられるようになり、前向きに退職することを考え始めたことで吹っ切れたと思います。
ちょうど同じ時期に妊娠が発覚し、悪阻がひどく入院をしたこともあり、改めて「自分が今一番大事にしなければならないものは何か」をじっくり考えることができたのも、退職してストレスの元凶から離れる重要な経験でした。

自分の場合、まだ軽度だったため寛解に至るまでの時間が比較的短く済んだと思います。
それでも、やはりストレスの元凶から離れる時間は必要なのでは、と今でも痛感します。
すべての方に通じるとは言えませんが、辛いこともありますが、自分と向き合いストレスの元凶を見つめ直すきっかけが見つけられれば…と願っています。



同僚の友人がうつ病に友人のうつ病体験談
同僚の友人の女性が40代後半から更年期になりました。それだけでも大変ですが更年期からうつ病になってしまったのです。
驚いたのは、出勤してきて突然号泣し始めたのです。

理由を聞いても、わからないけど涙が出てしまう、といって泣き続けていました。
元々の性格が明るく楽しい子でしたが、うつ病になってからは同じ人間とは思えないほど性格が変わりました。この時思ったのが、うつ病になると性格が変わるんだ、それと同時に接し方も変えました。否定せず、聞き役に徹することにしました。まずは安心させることでした。今では通院治療もしており、症状も落ち着いて前の彼女に戻りました。

もし周りに急に性格が変わった人がいたら、うつ病かもしれません。そんな時は見捨てずに話しを穏やかに聞いてあげて下さい。周りに理解者がいるというだけで救われることがあると思います。うつ病は今はいつ、誰がなってもおかしくないと思います。もし自分がなったら…そう考えると優しくしてあげられる気がしませんか?



パニック障害になった人の体験談
私は3年前突然パニック障害になり現在治療を続けています。病気になって知ったのですが、パニック障害になるとうつ病にもなりやすくなりました。
症状はまず寝れない、気力がない、前向きになれない、テレビを見てても面白くない、突然涙が出る、といったものです。
仕事も思うようにできず、思い切って精神科に入院することにしました。精神科に入院するのは初めてで不安に思っていましたが、思ったよりかなり快適でした。入院する前の持ち物検査は細かく見られて嫌でしたけど…隔離病棟でしたが、申請すれば散歩や外出、外泊もできましたし、驚いたのは想像してたよりも遥かに静かだったことです。
うつ病は先生曰わく燃料が空の状態なので、頑張ろうと思っても頑張れないそうです。うつ病の治療はとにかく休養で、私も入院中ダラダラしていました。

良くなる時は突然でした。急に景色が変わったのです。同時に食べ物もおいしくなり、前向きな考えができる様になりました。なった人にしかわからない感覚だと思います。
もし、私と同じような症状の方は心療内科や精神科を受診することをおすすめします。先生も圧迫感なく優しい方が多いです。カゼをひいたら医者に行く、そんな感覚で気軽に行ってみて下さい。



私のうつ病体験談
うつ病で悩んでいる人は多いようですが、わたしもその中の一人だと思います。いつも疲れやすく気分も良く沈みます。そんな母は私を見て病院の神経内科を受診するようにススメます。酷くなると命にもかかわる重大な病気だから見過ごしてはダメだからと言います。

実際、うつ病と診断するのは難しく病院での治療をしていない人がほとんどなのだそうです。うつ病で入院する人もいるらしいですが、私はできるだけ自分で治すように、病院へは外来で通い、医師に抗うつ薬を処方してもらいました。飲んですぐに効くということはないそうですが、飲み続けているうちに症状が徐々に良くなってくるそうです。

時々うつ病解消のためのカウンセリングも受けています。心と体のセラピーにも通い、心の悩み事が解消され体も疲れにくくなりましたこのように自分のうつ病と向き合い、マイペースでうつ病回復を目指しています。うつ病を克服するには病院治療や自分で治すのにも焦りは禁物です。

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